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箱根駅伝100周年記念!&箱根復興応援!戦時中に開催された幻の箱根駅伝とは?

JUGEMテーマ:箱根駅伝

 

現在放送中の「CDTVクリスマス音楽祭」、Foorinや乃木坂46も出ていましたが、SHISHAMOと5才のギター少女のコラボ企画良かったです。SHISHAMOの歌と5才の子の笑顔はきっと10月の台風で浸水被害を受けた川崎市民も元気になれると思います。(ぉぃ)

 

令和初の年末年始いよいよ始まります。

お正月の定番といえば箱根駅伝ですが、今回は令和初であり東京オリンピック・パラリンピックイヤーの幕開けでもある一方、川崎市以上に台風被害がひどかった箱根町の復興を応援・PRできる素晴らしい駅伝になりそうです。そして何よりも今回の箱根駅伝で開催100周年(戦争による開催中止があったので回次は96回)というおめでたい大会でもあります。

そんな箱根駅伝100周年と箱根復興応援で思いつきましたが、2年前の夏箱根旅行行ったときに箱根駅伝ミュージアムも見学していて、そこには戦時中の1943(昭和18)年に1回だけ開催された幻の箱根駅伝「紀元2603年 靖国神社・箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会」のこともありました。

今回はその「靖国神社・箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会」について語ります。

 

そもそも箱根駅伝は毎年1月2日(往路)と3日(復路)にわたって開催され、予選を勝ち抜いた関東地区の大学が出場する駅伝大会であり、東京・大手町と箱根・芦ノ湖を往復するルートで往復5人ずつ(合計10人)のランナーが走り継ぐ熱戦が繰り広げられていますが、本来は関東ローカルの大会にも関わらず日本テレビ(よみうりテレビ・中京テレビ・FBS福岡放送・STV札幌テレビ放送)系列地上波全国ネットでのテレビ生中継が行われているため全国的な人気・知名度を誇ります。

第1回は1920(大正9)年に開催され、もともとは強いオリンピック選手を育成・輩出するために企画されたアメリカ横断駅伝の予選会として実施されましたが、そのアメリカ横断駅伝は資金難や安全面での課題などがあって実施されずに終わり、箱根駅伝が単独大会として行われることになりました。

しかし第二次世界大戦(太平洋戦争・大東亜戦争)が本格化した1941(昭和16)年以降は中止になりました。だが1943(昭和18)年、戦争で苦しめられている国民を元気にするためと日本の戦勝にはずみをつけるとともに大学生ランナーに思い出を残し箱根の道を絶やさないために、軍部を必死に説得させ「靖国神社・箱根神社間往復関東学徒鍛錬継走大会」の開催を実現させました。

戦時中に開催されたこの大会はしばしば「幻の箱根駅伝」と称されていましたが、正式な22回大会として記録されています。

通常の箱根駅伝との違いは、スタートとゴールが靖国神社、折り返し地点が箱根神社であったことで、これも戦時下ならではのことといえます。

この大会は日本大学が優勝しましたが、最近の箱根駅伝でよく話題になっている青山学院大学はこの大会が初出場でした。

その「幻の箱根駅伝」開催はこの年1回のみで、1944(昭和19)年以降は戦況が悪化したため再び中止となり、大会が復活したのは戦後の混乱が落ち着いた1947(昭和22)年でした。でもこの戦時中の「幻の箱根駅伝」があったからこそ箱根駅伝が今でも続いていると思います。

お正月の定番箱根駅伝、実はこんな隠されたエピソードがあったから今でも続いていたということがよくわかります。

戦時中にもかかわらず開催したことで戦争で苦しめられた国民に希望を与えるとともに歴史を絶やさずにすむようになった箱根駅伝、今回も台風被害で苦しまられた箱根に希望を与えてほしいです。

東横ライナー=葉月さくら * コラムとか * 20:14 * comments(0) * - * pookmark

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